UVERworld「クオリア」は夢に対する歌だった!?

hayato0259


クオリア

どんな曲か

夢についての曲

歌詞の意味について

一般的な意味

歌詞の内容を見て分かる通り、一般的にはクオリアは恋愛ソングだと考えられている。

むしろ、恋愛ソングとしての歌詞の完成度は抜け目ない。

なぜ夢についての曲だと思ったのか

ではなぜ、クオリアは恋愛の曲ではなく夢に対しての曲だと思うのか。

先にも述べたとおり、この曲の恋愛ソングとしての要素は抜け目なく、というか、これは恋愛ソングだ。
しかし、私は以下の根拠からこの曲は夢に対する熱い曲だと捉えている。

歌詞の進行の順番にそって解説していく。

“僕らは誰かと比べられ生きてきて”

初めに僕が疑問に思ったのはこの部分。

「比べられる」って?

恋愛において「比べられる」といえば…例えば

  • 恋愛におけるライバルとの競争
  • その人の恋愛的な素質(俗に言う「顔面偏差値」とか)

と考えたけれど。

果たして僕の知っているUVERworld、TAKUYA∞はそんなことを書くか?

どちらかと言うと、この社会において個人の一長一短、能力や成果(学歴とか)をモノサシとして一元的に「比べられる」、その現状への訴えであると考えるのが妥当であると思う。

“お互いの幸せを願えるんだね”

そんな世界で(比べられる世界[社会])、二人が幸せを願い合う?

まぁ二人というと、恋人なのかな…?と思うのが普通だと思う。

でも、お互いの幸せを願うって?

「夢が叶っても、ずっと幸せでいられることを願っているよ」

僕はそういう風に聞こえた。

“億千の巡り逢いの中で〜”

「きっとこの夢こそが、自分の探していたものなんだ。

綺麗に着飾るための言葉なんて、必要ない。

ただ、叶えたいからこの夢を追っかけている。

この夢について考えているときは、自分の”ココロ”は確かに感じられる。」

「クオリア」の中で、一番多く現れるこのサビのフレーズ。

丸々意訳してみた。そういう風に聞こえなくもない?

“思いを辞したんじゃない〜”

恋愛ソングであれば、片思いを諦めたとかそういう解釈ができるが、でも、そういう解釈だと、1番の

お互いの幸せを願えるんだね

という歌詞との整合性が無くなる。

(お互いの幸せを願えるんだったら、片思いとか、諦めるとかってないよね。という話。)

(言葉が出ないのは)思いを辞したのではなく、伝えたい心情が(うまく表現されない)。

「ねぇ」という言葉で、曖昧にすることで、まさに「伝えたい心情がうまく表現されない」という感情を表現している。

そして、2番のサビにつながっていく。

“何も言えなくなる”

サビ前の「うまく言葉にできない」という歌詞の繰り返しになるが、

  1. 「夢を追っかけている時、思い(言葉)がこんなに溢れているのに、何も言えなくなる」
  2. 「(でも、)大切なことは大切だと言えるようになりたい」

この2フレーズからするに、 1. の「言葉にできない」原因は恐らく「冷ややかな目で見られるのが嫌だから、夢について言えなくなる・語れなくなる」ということだと思う。

「それでも、夢(または夢を追っかけること)は大切だと言いたい。
だって、夢を想う時は、このココロは確かに熱く揺れているから。」

“やっと出逢えたんだね”

同じくUVERworldの曲で「No.1」という曲がある。

その曲のメッセージは「口にも出せない夢は叶わない」だ。

クオリアを夢に対する曲だと解釈した時、そのメッセージはこのクオリアにも当てはめることができる。

夢と出逢い、夢を追っかけ、胸を張って「夢は大切だ」と言うことができたら、もうそれは叶えるべき夢に出逢えたと言っても良いのではないか?

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